マグ


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何かを斬る。


切る?


其の日、俺は確かにキッタんだ・・・

男・・・「マグ」は旅をしていた。

本当の自分を探していた。

そして、ある日フト気づいたんだ。


何を基準に今の自分が偽者と判断したのかを。


マグの旅の目的は出発と同時に終わりを告げていたんだ。


ただ、その答えから逃げるために数ヶ月ダラダラとしていたに過ぎない。真に怠慢。


それからの数日マグは刀を振り続けた。


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カナは乾いていた。

剣道部の主将だから毎日の稽古は人一倍真面目にこなし今日もフラフラと自転車をこぎつつ家路を急いでいた。


真夏も近いこの時期はあまり好きじゃあないのよね。

自動販売機で緑茶を買い飲む。スッキリと落ち着く。

今日は公園でも少しブラっとしてから帰ろう・・・そんな感じで来てみた公園には男が一人居た。



男はジャングルジムとブランコの中間の微妙な隙間に身を置き一身フランに剣を振っていた。


なんて綺麗な素振りだろぅ・・・カナは男が持っている剣が、マギレモ無い真剣で有るコトに
気づいていながらも、男からわずか数メートルの位置に足を止め見とれた。




バサリ!!



何かを切った?カナは我が目を疑った・・・何も無い中空を世にも美麗に滑走する剣先。


・・・・が、感じた・・今確かに何かを切ったと。


男・・・・マグは刀を下げた・・息は一つも上がっていない。

カナが見とれ始めてから少なくとも三十分は経っていた。


マグはカナへ刀の切っ先を向け言った。

「お前は・・・サダメか?」


サダメ?誰?私はカナ。


「何を言ってんの?私はカナだよサダメって何者?相当な美人なんでしょうね?」


カナは軽口交じりに答えた。剣道部主将としての威厳を出してみた。
アンタなんか怖くない。


「ん〜?オメーは馬鹿か?」

マグは少しガッカリしたようにため息交じりに答えた。

マグは知っているコウいう奴が薄っぺらいというコトを。

ナンだ?級長か?それとも生徒会長か?

ナンにせよ薄っぺらいなぁ・・・勝手に勉学に励め。



カナはユックリと竹刀を抜き構える。突然、訳の解らない男子に侮辱を受けた。

学校でカナに「馬鹿」などと・・冗談でも言える人間は居ない。

クラスの友達も教師も・・カナには一目置いている。

それがカナの美貌によるモノなのか剣技によるものなのか・・・


そのどちらとも言える・・それほどまでにカナは17歳とは思えない程の艶を持ち

・・・・そして強さを兼ね備えていた。


「アーパーな女子高生だと思ってるならアンタ後悔するよ?」


カナは竹刀の柄の部分を軽く捻る。

女の子の手に握られていた竹が割れ落ちギラリと光る鋼鉄が姿を現す。


ソレは正真正銘・・日本刀。真剣であった。


刹那マグの顔に笑みが浮かんだような・・



「へぇ?良いのか?全てを失うぞ?お前。まぁ、もぅ遅いんだけどね」


男の放った意味深な台詞をカナはどう捕らえたろうか・・

「ウルサイ、死ぬのはアンタだよ逝きな!」


言うやいなやカナは踏み込んだ。神速。砂塵が舞う。


「・・・違う」

マグは一つ呟く。下段にまで下げられていた刀は一気に上段まで突き上げられ戦闘態勢に入る。

「!?」

カナは非常停止した・・・僅かに男の剣の射程から身を逃がす。

ありえない・・さっきの間合い、私の踏み込み。

男は成す術もなく鮮血を散らかし倒れ伏すハズだった。


男の持つ刃の切っ先がカナに向けられた。

「良いのか?お前はもぅ失い始めてる・・・そして、取り戻すコトはもう出来ない」


カナは困惑した・・

何?失う?何を!?

違う・・気づいていた・・カナは自分が何を失うのか解っていた。
だが認めたくは無かった、ソレを認めた瞬間に全てを失うコトも理解したからだ。



「イヤァーーーーー!!」



踏み込む、同時に必殺のタイミングで女子の手から銀光が走り伸びる。


しかし、この必殺・・一対の男と女どちらに対しての必殺なのか・・・その答えはもう出ている

間違いなく女は死ぬ。死ねる。アッサリと、そして芸術的に、なぜなら真剣日本刀なのだから。

それほどの差が2人には有る・・・コトをカナは知っていた。


マグは思う、やはりコイツは「サダメ」に取り憑かれてる・・だけどモガいてる。



カナはマグの目に哀れみを感じとり、そして・・・激しく憤った。

こんな浮浪者みたいな野郎に!?何よ?後ろに置いてあるのは食パンと牛乳!?

普通の人なら同じ値段の他のモノを買うわよ!サンドイッチよ!馬鹿じゃないの!?


刹那カナの技は速度を上げる・・が、特に意味は無い。

この状況下では結果だけが唯一意味を残す。



自分の限界を超える技。

人それぞれに臨界点がある。そしてカナの臨界点はマグにとって、とても楽なポジションなのだから。



「ダメだよ斬っちゃ」



声が聞こえたような気がした。



切り込むカナ。

一直線に男への最短距離を走る刀。

が・・すでにカナの視界から男は消えていた。

空を切る刀を虚しく見送る。今更方向転換は出来ない・・・




「あぁ・・・なんで・・・」

膝から力が抜ける・・・この死合に二刀目は無い。
私って何なんだろ・・・あぁ〜あ。




刀は地面にメリ込みガクリと膝を付く・・・

前を向く事は出来ずひたすらうつむき歯をくいしばっる。

下半身からは力が抜け今にも何か漏れそうな感覚・・・いや、もぅ漏れているの?錯覚を覚える。




待つ事数秒・・・何も来ない・・来るはずのモノが・・・・
コレが生理だったら大慌てするトコロだが・・・


ユックリと顔を上げ辺りを見回す・・・



一人の浮浪者が地べたに座り食パンをムシャムシャやってる姿が目に飛び込む。





なんじゃ!そりゃ!!うっはー!平和すぎる!?

カナは狼狽した・・・「なにコレ?なんで?っていうか食事中スイマセンけど説明してよ」


男は口の中に目一杯に残るベチョベチョのモノを牛乳で一気に流し込みムセた。


「ん〜・・コイツが斬るなっていうからな、見逃してやる帰れ、帰って屁コイて寝ろ」


そう言いながら男は傍らに置いてある木箱をポンポンとなでた。



「箱が喋るわけ無いでしょ〜に・・・」何が何やら訳が解らない・・・と、その時。


桐箱の蓋がスラリと開き中から澄んだ声が・・・


「箱は喋りません、喋ってるのは私」と色の白い整った顔の「日本人形」が喋っていた。